7月
16
2003
サーカス?
Author: Nao-t★いつもの公園の広場に、大型トラックが軒を連ねて止まっていたのと、トンガリ尖ったビニール製の屋根が見えたので、Nao-t氏は一瞬「サーカスか?」と目を見張った。
なんてことは無い。どうやら演劇の団体が舞台を設営しているようだったのだ。「大阪野外演劇フェスティバル」というイベントの一環で、東京から遠路はるばる乗り込んできたのが目の前の光景だった。

舞台設営が急ピッチ
7月
16
2003
★いつもの公園の広場に、大型トラックが軒を連ねて止まっていたのと、トンガリ尖ったビニール製の屋根が見えたので、Nao-t氏は一瞬「サーカスか?」と目を見張った。
なんてことは無い。どうやら演劇の団体が舞台を設営しているようだったのだ。「大阪野外演劇フェスティバル」というイベントの一環で、東京から遠路はるばる乗り込んできたのが目の前の光景だった。

舞台設営が急ピッチ
3月
22
2003
★22日に心斎橋クラブ・クアトロで行われた「はじめにきよし」のライヴに出掛けた。
Nao-t氏が深夜番組で見知った二人組なのだが、独特の雰囲気を持ったピアニカ&ピアノ&アコーディオン担当の新谷キヨシ氏と、情熱的でテクニックもすごいギター&ノコギリのサキタハヂメ氏が繰り広げるライヴは、アコースティックのインストものではあるが、実に叙情的で聞く人をハッピーな気分にさせてくれた。久しぶりに素敵なひとときを味わうことが出来たし、こんなライヴが出来るとイイなぁ・・・なんてNao-t氏は思ったとか。

撮影はココまで
3月
2
2003
★またまた大阪市の商売に乗ってしまったNao-t氏であるが、久しぶりに暖かく天気も快晴だったので、チャリンコを取りに行った帰りに「鶴見緑地公園」に寄って来た。
鶴見緑地恒例の「カラオケ大会」の会場が園内のあちこちに出来ていて、高価な音響システムを組み上げている団体もあったりする。
そんな中、明日のスターを夢見て乾電池で動く小さなアンプとエレアコを片手に声を張り上げている若者が目に止まった。いや、それを見ている若いファン(?)の姿が何ともカワユかったので、気になったのだが・・・。

ファンに応えないと!
12月
25
2002
★2002年12月22日、クリスマスを飾るイベントとして、O.M.G SWINGIN’ JAZZ ORCHESTRAのライヴ&パーティを大阪梅田の光明(こうめい)アムホールに観に行った。
毎年クリスマスシーズンになると、Jazzのビックバンドの演奏がお食事やゲームなどと共に素敵な時間を提供してくれるのだが、出演者にカワセ・スクールの先輩や後輩が参加していたり、Nao-t氏が参加するJazz Mint Electric Orchestraでもカッコいい演奏を魅せてくれるトップトランペッターがココでは主力として吹いていたりと、知り合いも多いので身内に近いのだが、そういうひいき目を差し引いても毎回グレードアップ(もちろん演奏である)していくのが楽しみでもあるのだ。

OMGのライヴ
梅田アムホールにて
7月
26
2002
7月
9
2002
★先日の七夕の日に、「守口・門真ジャズフェスティバル」のプレイベントにJazz Mint Electric Orchestraのパーカッションとしてライヴを行った。
このイベントは今年は9月21・22日に行われるのだが、その「前宣伝」と言うことでの参加だった。
【関連記事】http://www.moriguchi-city.com/jazz/
しかし、台風が日本に近付いていたこともあり、会場となった京阪・古川橋駅前はトンデモナイ暑さに見舞われた。
Nao-t氏は「去年も同じイベントに参加したが、プレイベントだけに演奏準備が整わず、譜面は立ててないわ、コンガは倒れてくるわで、ちょっと情けない姿をお見せしてしまったかも・・・」と言い訳を述べた。

ジャズフェスティバル・イメージ
10月
16
2001
★先日行われた梅野直也のライヴだが、東京からツアーで回って来られた「エージ&テツ」という粋なオジサマ・デュオの方々が、ゴッツぅエエ雰囲気を醸し出してくれて一瞬客を取られたか!と危惧したが、いやいやその反面、会場の体温を暖めてくれて非常に演り易かったし、久々に盛り上がりを見せた。ステージ運びは参考になったし、お二人には感謝のキリがない。
ところが残念なことに、ドラムを運ぶため当日親友から借りた車に、オカマ(関西弁で後ろから追突されること)掘られるわ、帰り道のファミレスで車上荒らしに遭うわで、エライ目に遭った。
もちろん、貸してくれた友は落胆してしまい、僕も運転をしていた以上は責任重大だ。現在修理&支払いのことで調整中です・・(^^;
9月
28
2001
★10/9(火)、この日に梅野直也でのライヴが、尼崎(塚口)のブラントンで行われる。直也にとっては故郷のような"ハコ"だ。
10月の連休明けで、しかも塚口から歩いても結構な距離があるため、若干客足は見込めないのだが、実に来てくれるお客さんには力を惜しまない気持ちで一杯だ。
さて、それでも飯は食わなきゃいけないのだが、失業保険もなかなか思ったような額が振り込まれず、表向き「働くと額が減る!」と職安に脅されても、バイトをしないと首が回らない。
そんな中、徐々にではあるが在宅ワークのお話は舞い込んで来ている。と言っても、評価次第でオジャンになることもあるのだから、努力と我慢の日々なのだが・・(^^;
9月
5
2001
★8/29(水)は、心斎橋クアトロで久々のライヴだった。平日ということもあって、なかなか集客は望めなかったけど、他のバンドさんのお客さんたちが最後まで残ってくれていたので、大変救われた。とにかく、聴いてもらわないと意味が無いからねぇ(^^;
しかし、クアトロに行くと以前のバンドでお世話になったブッキングマネージャーの方にお会いして、「あの時はどうも失礼しました」なんて謝ったり、梅野君の昔付き合っていた「ジョノカ(業界用語で”彼女”のこと)」が別のバンドでVocalとして参加していたり、尼崎のブラントンでお客さんとして見に来てくれていた友人の友達が、すっかりライヴハウスのレギュラーになって活躍していたりと、久々に顔を合わす面々が居て、さながらプチ同窓会のような雰囲気になった。
そんなもんやから、いつも以上に緊張感が薄れたような気がしたが、やはり名の知れたハコ(ライヴハウスのこと)のステージに立つと、流石に姿勢がピシッとなった・・かな?
8月
24
2001
★いやぁ、参ったマイッタ(>_<)
先日行われた南港のイベント、海沿いのロケーションとしては最高のステージやってんけど、リハーサルの時から何やら雲行きが怪しい。そして案の定、司会のおね?さんがマイクを持ってイベントがスタートしたらボタボタ・・ザザァ?ッと夕立が僕たちメンバーを襲ったのだ。でも、曲は進行しているし、運の悪いことにボンゴを叩いていた僕のソロ・パートが始まろうとしていた。
もう、こうなったら身体全部で表現して、雨水でボトボトになったチューニングを自身でフォローするしかなかった(^^;
お陰で、雨の中で見てくれていたお客さんもその場を離れずに居てくれて、非常に有難かった。土壇場では、踊りまくるのも「手」である(爆)
そして、運の悪いことに打ち上げの後コンタクトを無くしてしまった(哀)
そして、その1週間後には東灘の六甲アイランドで「防犯キャンペーン」のイベントだった。関西ローカルでは有名なタレントが司会を務めていて、そのトークの合間に出演するということで、「ノーギャラ(x_x;」やったけど、音が回りまくるドーム型の屋内会場では、何か雰囲気が合っていた。
来る8/29(水)は、心斎橋クアトロでライヴがある。この夏最後の演奏だ。