4月
24
2010
言葉が与える影響
Author: Nao-t★★★ もう二ヶ月前のことになるが…(なので、下書きを始めた日付での投稿だ。)
長男が今年から通いだした幼稚園。実は、通園開始からわずか十日で “登園拒否” になってしまった。
毎日々々、幼稚園では泣きじゃくっていて、週半ばから始まった給食にもほとんど手をつけず、園庭で遊んでから教室に戻るときには一歩も中に入ろうとしない — そんな園での様子を主任の先生や担任の先生から相方経由で聞いた。
原因はいろいろと考えられた。
ひとつは、
入園前の昨秋、「体験入園」と称して半日ほど園での暮らしを体験するイベントが、入園を申し込んだ未来の園児向けに二回ほど開催された。
相方の報告によると、
「みんなの中には入れず、教室の隅っこでずっと泣いていた」
とのこと。
なるほど。
その時のトラウマがあったのかもしれない。
二つ目は、
入園式(4/3)のときに園長先生が発したごく普通の言葉だった。
それも、関西弁訛りではあるが丁寧な話し方で、おばあちゃんがゆっくりと孫に語りかけるような口調で、
「今日から、 みなさんは、 ○○幼稚園の子どもたちになります。」
と説明された。
ごくありふれた普通のことだ。親にとっては。
このとき、もちろん現場に居合わせたのだが、実はこの中の“子どもたち” というフレーズが、少し僕の耳に残っていた。
入園式の後、次の週の金曜日(4/9)から本格的に通園が始まった。
初日はお昼までだったので何とか持ちこたえた。
午後には三歳児健診があったので息子にとってはイベントづくしだった。
夕方にダウンして布団に入った。
明けて、月曜日。
幼稚園はバスではなく徒歩で集団登園するのだが、その集合場所から、泣きじゃくったまま先生に抱きかかえられて行ったのだとか。
相方によると、「すごい泣いていた」と先生から話を聞いたようだ。
まぁ、それくらいなら当然だろう。
火曜日と水曜日は、集合場所から園まで相方がついて行くということで、何とか泣かずに向かった。
でも、園では泣いていたそうだ。
木曜日。
給食が始まっていたのだが、ずっと泣きまくって大好きなウィンナーとフルーツしか口にしなかったとのこと。
金曜日も何とか頑張ったのだが、とうとう次の月曜日に、
「今日は幼稚園、行けませんでした。もう幼稚園やめるらしい。」
「一歩も家から出ません。もう、何を言ってもダメで、こっちももう限界!」
と相方からメール。
実はこの日(4/19)は、早朝の新幹線で東京出張に向かっている最中で、9時過ぎにこのようなメールが来たもんだから、正直仕事に身が入らなかった(いや、そんなことはないが…)。
そして、この日から“登園拒否” が始まった。
相方が幼稚園の前まで連れて行っても頑なに拒否るらしい。
何か教室にうごめく大人には見えない怖ーい顔したお化けでも居るのか???
そこで、相方と(メールで)話しているうちに、ふと先日の園長先生の言葉がよみがえって来たのだ。
「 ○○幼稚園の“子どもたち”になります。」
そうかっ!
“幼稚園に行くと、大好きなお母さんやお父さんの子ではなくなってしまう”
と、わずか三年と数ヶ月の経験の中から、そのような考えに至ったのだ(もちろん、推測)。
それならば!
と相方と下の息子がお風呂入ってるときに、それとなーく話してみた。
Nao-t:ひびちゃんのお父さんは誰かな?
息子:(指を差しながら)このた~たん
Nao-t:じゃあ、お母さんは?
息子:お風呂に入ってるあ~ちゃん
Nao-t:そやな。
ひびちゃんは、た~たんとあ~ちゃんの子供や。
た~たんは、金沢ジィジと金沢バァバの子供や。
あ~ちゃんは、こっちジィジとこっちバァバの子供や。
ひびちゃんは死ぬまで、ず~っと、た~たんとあ~ちゃんの子供やで。
息子:(^-^)
(さらに抱きついてきて)ありがとう(^-^)
※注釈:
「ひびちゃん」は長男の名前のあだ名。
「た~たん」 は私。「あ~ちゃん」は相方。
Nao-t の郷里は石川県の金沢なので、金沢ジィジと金沢バァバは両親。
こっちジィジとこっちバァバは相方の両親。
おかげさまで、共に健在。
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